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統計オープンデータを活用した未来予測

1.未来予測は難しい?!

2020年から約3年あまり世界的にコロナウイルスの感染症が拡大しました。その間人々の生活は一変し、経済活動は停滞しました。こうした事態を予測し対処できた国や人はあったでしょうか?
2002年のSARSの頃からパンデミック(pandemic)というキーワードを日常的に耳にすることが増えました。パンデミックというキーワードだけで人々を恐れさせ、警戒させていましたが、それに対する対策、対応策は万全であったのでしょうか?

国としてコロナ対策の成果を図る一つの指標として人口100万人あたりの死者数があげられます。2023年3月29日現在のデータでは、日本は593人と世界的には少数であることが分かります。アメリカは3309人、ブラジル3258人、イタリア3195人、イギリス3121人ですので、一連の防御策が功を奏したといえるでしょう。

札幌医科大学医学部 附属フロンティア医学研究所 ゲノム医科学部門
「人口あたりの新型コロナウイルス死者数の推移【世界・国別】」

一方の経済面では世界全体の実質GDP成長率が2021年6.2%、22年3.4%に対して、日本は2.1%、1.1%と低率です。(ちなみに米国は21年5.9%、22年2.1%です)感染症防止策による犠牲として経済的損失を被ったと言わざるを得ない状況です。

もちろん金融政策など経済施策の影響も無視できませんので一概には比較できませんが、人命と経済活動の両側面100点満点であったとは言えないでしょう。鳥インフルエンザなどの新型インフルエンザを経験した上での対策が有効に行われてきたとは言えないでしょう。

この例をとってみても未来を的確に予測し、万全の対策を採ることは非常に難しいことと言えます。

一方でビジネスにおいては、既存の事業だけをひたすら展開していたのでは、いずれ衰退していくことが経験則で分かっています。
事業を永続的(長期的)に継続していくには、現在の環境を分析し、未来の市場環境(顧客や競合企業)から新たなビジネスチャンスを見出し新たな打ち手を繰り出すことが求められます。

コロナ禍の例をみても100点満点の対策をすることは困難であるにしても、未来予測の精度を高めていく必要があります。本稿ではそのための1つの方策として、Factデータからの未来予測について考えていきたいと思います。

2.未来予測のアプローチ方法

(1)ビジネスではどれくらい先の未来を予測したらよいか?

一般的に、未来予測の検討期間範囲は、5年後から50年後の間を対象範囲とすることが多いようです。ただ世の中には100年後や数世紀後の未来を予測するものもありますが、超長期の期間となると、現在の技術革新の延長としての予測範囲を超えてしまいます。

企業活動においても10年以上先の目標設定(長期戦略)を採る企業は少なく、3-5年程度の中期経営計画を策定、戦略を構築し目標達成の施策展開するケースが多いように感じます。
本稿では、事業戦略を検討する上での期間として3年~10年先の中期として設定し、そのプロセスについて考えていきたいと思います。

(2)Factベースの未来予測

3-5年先の市場環境を予測する際の取っ掛かりとして、私はFactベース(ハード・ソフト)の未来予測が適切であると考えます。
Factとは事実です。出発点として現在どのような状況であるのか、事実ベースの情報を収集することから始めるのが最も効率的であると考えます。事実ベースの情報とともに過去の推移から今後の状況を推察していくことで、適切な対応策を発想していくことが可能となります。

ベースとしてのFactを書き出してみる(手書きでも、キーボードでも)ことによって、アイデアが頭に浮かんできます。データやグラフを眺めているだけでなく、言語化していくことがポイントです。言語化された文字データを見ることによって、その要因や本質を考察することが可能となります。考察の基本は、各事実とアイデア(仮説)を因果関係で積み上げることです。その事実が進展していくとどのような世界が広がるのかと、原因と結果にあてはめていきます。どのような状況になるのか、イメージしていきます。そうした思考プロセスを踏むことによって新事業アイデアが自然と見えてくるものです。

例えば生産年齢人口は、毎年減少傾向にあります。2021年の人口推計で15歳~64歳人口は7450万4千人で、1995年をピークに減少しており、前年に比べ58万4千人の減少となっています。全年齢に対する割合は59.4%で、過去最低です。

総務省「人口推計(2021年(令和3年)10月1日現在)」

我が国の労働力を担う働き手が、減少していきます。人口減少問題は短期間で解決できることではなく、中長期的(3-5年先)には減少傾向が続くことが予見できます。想定される未来としては、外国人、女性、高齢者の労働力化となります。その際にどのような課題が生じるのか、ビジネスチャンスを見出すことが可能となります。
Factをベースにして「もし~の事態になったら(進展したら)どうなるか?」という思考プロセスになります。

(3)Factの種類と情報源

Factには、まず間違えのない確度の高いハードなFactと、自信をもって事実と言い難いソフトなFactに分けられます。

ハードなFactは、事実ベースの数値データで、人口数、世帯数、年齢、ライフステージなどデモグラフィック(人口統計学的属性)な情報です。デモグラフィックなデータは政府が統括している統計データを活用することができます。
統計データは殆どが標本調査ですが、政府統計は統計的に適切な手順で収集したデータで精度が高く、サンプルサイズが十分とられていることから大数の法則が働きます。統計学に基づくサンプリング方法で誤差が小さいという利点もあります。したがって政府統計は推測結果が現実と大きく乖離することはまず考えられないと言っていいでしょう。

政府統計は、e-Statで閲覧することができます。

https://www.e-stat.go.jp/

そのほかのハードFactとして、企業活動の成果としての売上高、利益などの実績、結果データが挙げられます。売上高や利益は企業による申告データですが、偽申告すると厳しい罰則がありますので、事実に基づく実態と捉えて良いと思います。
上場会社は有価証券報告書の作成が義務付けられており、多くの会社は企業HPから閲覧することができます。HPに掲載していない企業でも金融庁の運営するEDINETから閲覧することができます。

https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WEEK0010.aspx

これらハードなFactを起点として、ソフトなFactを使って仮説をサポートしていきます。

ソフトなFactは、サンプルサイズが小さいものや標本抽出に偏りのあるアンケートデータ、インタビュー情報などの定性情報を含みます。意識・意向を示すアンケートデータもソフトなFactとして位置付けます。人は誰しも環境や状況によって“気持ち”が変化します。デモグラフィックデータが固定的なものに対して意識意向データは変動的といえます。ですから仮説をたてる初期の段階ではデモグラフィック情報を起点として、意識・意向データはソフトなFactとして扱います。
ソフトなFactだからといって未来予測に役立てられないという事ではありません。デモグラフィックの変化からどのような未来が開けるのか可能性の一つとして活用していきます。

統計データを探索する際のヒントとなるのが、ビジネス誌や専門誌です。ビジネス誌はタイムリーな社会課題や新しいテーマについて、学者や大学教授、コンサルタントが特集記事を執筆しています。国会図書館の検索サイトNDL ONLINE(https://ndlonline.ndl)でキーワードを検索すると雑誌名と発売日、発刊号に加えて当該記事を掲載している頁数まで抽出することができます。
短期間に特定分野の情報収集、特性を理解する上でとても有用です。ただ注意が必要です。そうした記事を文面ごと鵜呑みにすることはリスクが高いものです。記載されている内容の裏付けとなる情報を収集することが肝要です。著名な雑誌の記事ともなると、根拠となる情報源を明確に示しています。記載されている情報源にアプローチすることで自分の目で確認することができます。そうすることで他者の考察があたかも自説のようになってくるから不思議なものです。場合によっては、特集記事と違う結論を導くことができるかもしれません。

(4)仮説検証の留意点

仮説の精度を高めていく際のポイントは検証することです。その際に気をつけなくてはいけないのは、確証バイアスです。
確証バイアスとは、仮説を検証する際に自身の立てた仮説に都合の良い情報に偏って収集してしまうことです。誰しも一度設定した仮説に固執してしまいます。自説が正しいという事を証明する情報ばかり収集してしまうのは無理もない話です。

確証バイアスを回避するには、以下3点を意識しましょう。
① 適切な情報(仮説を検証するうえで適切な情報であるか)
② 検証情報の均一性(偏りなく多様な観点から情報収集)
③ 客観的な精査(当事者ではない第三者と意見交換)

①適切な情報

適切な情報を見分けるには、5つの視点に立って情報を精査します。

1つめは【データの鮮度】です。可能であれば1年以内の鮮度の高い情報を基準にします。ただ政府統計は集計分析アップロードまで時間がかかりますので、私は目安として3年前までを許容範囲としています。

2つ目は【サンプルの偏り】です。調査対象者が特定の属性に偏っていないかどうかを確認します。その際には統計調査の最初に記載されている調査概要に標本抽出法を見ると、どのように調査対象者を選定したのかが分かります。統計的な理論に基づいた確率標本であるかどうかを確認します。さらに調査方法によるバイアスに注意します。現在統計調査の主流となっているインターネット調査ではインターネットで回答できることが前提となりますので、デジタル意識や行動に関する調査は、インターネットを使用していない人の情報をとることができません。

3つ目は【サンプルサイズ】です。サンプルサイズとは調査に回答した人数です。サンプルサイズが100未満の統計調査は誤差が大きい場合がありますので解答結果の数値に注意します。

4つ目は【適切な訊き方であるか】です。アンケート調査は設問の前後の文章や微妙な表現によって結果を誘導することが可能です。回答を誘導していないか、答えやすい訊き方であるかどうか設問や選択肢を確認します。

5つ目は【回収率】です。せっかく確率標本によって適切なサンプリングを行なっていても回答してもらえなければ偏った情報となってしまいます。極端に低い回収率であるかどうかを確認します。私は経験則で回収率を60%以上を基準としています。

②検証情報の均一性

仮説を裏付ける情報だけでなく、棄却する情報も意識的に収集することです。また複数の情報源から検証する方法も有効です。

③客観的な精査

当事者だけでなくプロジェクトに関係のない第三者の意見を求めることによって可能となります。
これにはクリティカルシンキングという思考法が役立ちます。クリティカルとは、批判的な・批判眼のある、等の意味です。目の前の事象や情報を鵜呑みにせず、「それは本当に正しいのか」と疑問を持ち、じっくり考察した上で結論を出すことができます。他者からの思いもよらない質問や意見により、最適な結論を導くことができます。仮説を立てたら周囲の人に説明してみましょう。文章を書くだけでなく他者に説明することで論理矛盾に気づくこともあります。自説は正しいと信じがちですが、他者からの意見によって客観的に補正することが可能となります。

3.政府の目標値は未来を約束しているものではない

企業の環境分析をする際に有効なフレームワークとして、PEST分析(当該企業や事業を巡る環境変化をPESTの観点から情報を収集すること)があります。PESTで情報を収集することで漏れなくダブりのないMECEな情報とすることが可能となります。PESTは、P:政治法律的要因、E:経済的要因、S:社会文化的要因、T:技術的要因です。

そのなかで【P】はビジネスチャンスを捉える際に企業の競争環境を規定するものですが、未来予測の際には注意が必要です。法律や条例で規制されているものではなく、政策目標値として設定されているものは、必ずしもその時期に事が起きるものではありません。

【事例】電気自動車の普及

例えば経産省の主導する電気自動車の普及は計画通りに進んでいるのでしょうか?
HPを検索すると過去の資料と現在の状況を数値で比較することができます。「EV・PHV普及に関する経済産業省の取組」 
13ページ「EV・PHVロードマップ」(2016年3⽉23⽇公表)によるとEV・PHVの普及台数⽬標は、2020年に国内保有台数、最⼤100万台とすると記述されています。
ところが国際エネルギー機関IEA「Global EV Outlook 2022」によると我が国の状況は、2021年BEV16万台PEHV18万台とあります。
保有計で34万台にすぎません。
また日本自動車販売協会連合会によると2022年度のEV新車販売台数は、31,592台 PHEVは、37,772で69,364万台となっています。
PHEVは、37,772で69,364万台となっています。

あくまで目標ということ、最大100万台ということわりがありますが、目標達成率34%はお粗末な結果と言わざるを得ません。
政府発表や、官公庁が呈示する数値は、もっともらしく権威があり、あたかも実現されるものと思われますが、注意が必要です。クリティカルに周辺情報を積み上げて、その目標値に到達するロジックを見極めることが必要です。

4.未来予測の具体的アプローチ

(1)テーマを選定する

情報収集を広く捉えすぎると焦点が絞れなくなるので、新規事業テーマはある程度の範囲で設定しておいた方が良いと思います。課題認識として、地球環境や人口問題などを背景とした「社会課題」を設定するとスムーズに進めることができます。
総務省の情報通信白書には、我が国及び世界が乗り越えるべき社会課題として重要なもの10項目を掲載しています。
① 新型コロナウイルス感染症への対応
② 持続可能な社会の構築
③ グリーン・カーボンニュートラル
④ 災害の激甚化
⑤ 情報過多、情報独占への対応
⑥ 嗜好の多様化
⑦ ウェルビーイング志向の高まり
⑧ 人口減少・高齢化
⑨ 生産性向上
⑩ 都市と地方の問題
詳細は原文をご確認ください。

(2)未来予測のフレームワーク

これまでの留意点をまとめて、未来予測を踏まえたビジネスチャンスを見出すフレームワークを紹介したいと思います。

出発点はハードFactとして、事業企画の背景となる社会課題を記載します。その社会課題を解決しようと政府や大手企業が様々な打ち手を繰り出します。戦略や政策です。ここでは具体的に表記をしていきます。前述のとおり戦略や政策はあくまで「あるべき姿」や到達点(目標)にすぎませんので到達しないシナリオや改善や変更されることも可能性として表記しておきます。大きなターニングポイントを捉えておく必要があります。そのシナリオが現実のものとなった際にどのようなビジネスチャンスが訪れるのか予見していきます。
未来予測については、つらつらと文章で記述するのではなく以下のような枠組みでチャート化すると情報共有がしやすくなります。

【事例】システム会社の未来予測

以下は以前にシステム会社で未来予測したものです。固有名詞や特定企業の戦略に関わるものをモディファイしてありますが、フレームワークの活用方法として参考になると思います。

既存事業である労務管理システムのブラッシュアップする方向性を模索するために未来予測を行いました。

出発点は生産年齢人口の減少です。2008年から国内の人口は減少し、少子高齢化が懸念されていました。当時の働き手の絶対数は減少することが推計されていました。

この事態を打開するために着目されたのは女性や高齢者の働き手としての活用です。当時未整備だったパートタイム労働を整備する法令や、労基法の厳密適用の政策がとられました。

そうした法整備のもと、考えらえるシナリオとしては、ITを活用したシステム的な労務管理というシナリオです。一方でシステムに頼らず人力で解決しようとする経営者も予測されます。そうした状況では経営負担が増加するため起業率が低下していきます。

シナリオとして国によるサポートも検討されます。また重厚なシステムではなく安価なツールの開発余地もビジネスチャンスとして考えられます。

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