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深海底に眠るエネルギーを発見し、生命の起源と持続可能な社会の可能性を探る。東京工業大学地球生命研究所教授・中村龍平さん【インタビューシリーズ「未知の未来が生まれる出会い」】

ROOM

シリーズ「未知の未来が生まれる出会い」は、ミラツク代表・西村勇哉がインタビュアーとなり、誰もがまだ知らないことを発見し人類の知を広げている研究者が持つ世界の見方・視点を伺うオリジナルコンテンツです。

今回登場いただくのは、東京工業大学地球生命研究所の教授(理化学研究所と兼務)を務める科学者の中村龍平さんです。

中村さんは東京大学での助教時代に、ある大胆な仮説に挑みます。それは、地球が巨大な電池である可能性について。中村さんは、深海にある海底火山で電流が発生していることを実証し、そこに電気エネルギーを「食べる」微生物の生態系が存在することを突き止めました。

将来的にエネルギー問題の解決につながる可能性を秘めた重要な研究は、どのように生まれ、またその発見によってどのような未来が開けるのか、お聞きしました。

(構成・執筆:草刈朋子)

中村龍平(なかむら・りゅうへい)
東京工業大学 地球生命研究所 教授
理化学研究所 環境資源科学研究センター チームリーダー
1976年北海道生まれ。2000年東京理科大学卒業、2002年北海道大学修士課程修了、2005年大阪大学博士後期課程修了。ローレンス・バークレー国立研究所(Lawrence Berkeley National Laboratory)博士研究員、東京大学大学院工学系研究科 助教を経て現職。2016年、「深海生命圏を支える生体電子移動論の開拓に関する研究」が科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。

「好きな研究をしていい」という言葉に衝撃を受けた

西村今日はよろしくお願いします。そうしたらまず、龍平さんの自己紹介からいければ。とても楽しみです。

中村はい。生まれは札幌です。本格的に勉強を始めたのが高校三年生だったので受験は苦労した方で、20歳ぐらいで東京理科大学の理学部に進学しました。その後北海道大学で修士をとり、大阪大学に移って博士をとり、その後はいろんな所でさまざまな研究をしました。アメリカのローレンス・バークレー国立研究所で1年半ぐらい研究をしたり。縁があり東京大学から声がかかり、本郷の工学部で助手と助教を7年ぐらい務めました。結構長かったですね。
大阪大学で博士号を取得した時の中村さん

丁度その頃、東日本大震災があり、その辺りから研究テーマが大きく変わってきました。そのタイミングで東大から理化学研究所(以下、理研)の環境資源科学研究センターに移り、「持続可能な社会に向けたサイエンスとは」という命題のもと、サステナビリティのための研究をしています。また、2017年から東京工業大学の地球生命研究所で、今まで全く研究してこなかった「生命の起源」を専門とする研究職に就きました。大雑把に言うとこんな感じの経歴です。

アメリカでの研究者時代

西村最初が東京理科大なんですね。大学に入った時に、勉強したかったことは何だったんですか?

中村高校の化学や物理でその法則性や原理に触れて、「世の中はとても複雑にできているのに、こんなきれいに理解できるのか」って思っていたんですよ。当時は、特にやりたいことがあったわけでもなく、科学は美しいなというくらいにしか思っていなかったです。僕は受験に苦労して、最終的に東京理科大学が補欠合格で拾ってくれた、というのが正直なところ。でも、晴れて大学に入り、ある教授と出会うんですね。

西村その方は何の研究をされていたんですか?

中村考古学ですが、今思うと専門は分析化学ですね。

西村なるほど。

中村エジプトの遺跡で分析化学を使って様々な謎を解いた話や、カレー毒物混入事件について、化学的な技術を使ってヒ素の証拠を押さえたという話を聞いて、「化学でそんなことができるのか」と驚きました。それまでは研究者になろうなんて全く思いもしなかったけど、その先生の影響があってそこから猛烈に勉強しました。

西村そうなんですね。研究者一直線だと思っていました。

中村いや、僕の家族にも親戚にも研究者はいないし、専門的な情報も得られなかったので、科学者や研究者という職業があることすら知りませんでした。まさか、自分が生命起源や地球化学的な研究をするとは一切思っていなかったです。

西村龍平さんは、研究されているテーマが結構マニアックだと思うんですけど、修士・ドクターではどういう研究をされて、どうやって深海というテーマに辿り着いたんですか?
超高真空装置

中村修士の時は、それこそ本当にマニアックでしたね。超高真空装置をつくってひたすら観察するような研究をしていたし、ドクターでは少しエネルギー関連寄りの光触媒に関連した研究をやっていました。でも、特に理由はなくて、進路を決める時に面白そうなところを選んでいっただけなんですよ。アメリカでは人工光合成の技術を初めて知りましたが、「こういう面白い方法もあるんだ」くらいにしか思っていなかったですし。

それが、東京大学大学院の橋本先生の研究室に助教で入ってから大きく変わりました。橋本先生の「好きなことをしていいよ」という言葉に衝撃を受けたというか。「なにをやってもいいのか!」と思って、ビックリでした。

それまでは、基本は与えられたテーマをやっていたんですよね。アメリカでもポスドク(博士研究員)をしていましたが、基本は言われたことをやるんです。なんだかんだ言って研究者って自由じゃない。でも、橋本先生は「自由にやっていいよ。だけど、僕の知らないことをやってね」というスタンスで。

「先生が知らないことはなんだろう」と考えて、夜は東大の5号館の図書館にずっとこもり、80年ぐらい前からの論文を読み続けるということを一年間くらい続けました。多分、精神的におかしくなっていましたね。うちの妻は「毎晩うなされていた」って言っていますから。

西村ヤバいですね。

中村本当にヤバかったと思いますね。ドクターをとって、何も生み出せないことにすごく悩んで追い込まれて、ほぼ毎晩泣くような思いをした末に「深海」というテーマに行き着きました。

西村そうか、そこから深海なんですね。

中村先生は光触媒の研究をされていたので、全然違うことをやるには「光のない世界」だと思ったんです。それで、深海にあるチムニーと呼ばれる熱水噴出孔に着目し、そこが地球をエネルギー源とした電池になっているのではないかという仮説のもと実験を行い、チムニーの電池モデルを提案したんですね。

煙を吐き出すチムニー

中村僕はその時、30歳前後でしたが、全く深海の世界のことは知りませんでした。深海の生態系は、1979年に見つかってから40年ぐらいしか経っていないので、本当にごく最近わかりつつある世界なんです。

草刈深海というテーマを見つけられた時に、どんなふうに思われましたか?

中村怖かったですね。今まで誰も深海なんて見聞きしたことないし、知識があるわけでもない。そんな僕が教員の先生やたくさんの学生がいるゼミの中で深海というテーマをプロポーズ(提案)するわけですから。

でもその一方で、これは面白いだろうなっていう思いもありました。先生も「それは面白い」となって、研究が始まったんです。

西村それが10年ぐらい前?

中村提案したのが2009年で、最初に出した論文が2010年です。それ以外にもたくさん書いてきましたが、僕が今、地球生命研究所で楽しく研究ができているのは、その論文があるからです。そこで僕は自分の研究を始めたと思っています。今になって考えると、それまでは、教授のサポートをしていたようなものでしたね。

光の届かない深海底に広がる電気ネットワーク

西村 3年ぐらい前に理研でお話を伺った時は、人工光合成の話がメインでしたよね。

中村理研では人工光合成をメインにずっと研究をしてきて、最近になり大きく花開いたすごく大切な研究です。人工光合成は、生命進化の観点から見ても、人類が絶対に獲得しなければならないテクノロジーです。

西村その発想の原点も深海にあるのでしょうか?どういった内容か、教えていただけますか?

中村そうですね。地球は中心部に高温のマントルがあります。これは地球ができた時から蓄えられているエネルギーですよね。深海には熱水噴出孔と呼ばれる地殻の割れ目があり、そこから地球の中の還元物質が出ることでチムニー(煙突)を形成しています。チムニーの内部は電極がマイナスに傾いていますが、海水は酸化的でプラス傾向にあるため、ここでは酸化還元反応が起こり、まさに電池になっています。

実際にチムニーの岩を採取し電気特性を実験してみると、よく電気が流れるし、酸化還元反応も起こせました。高校でボルタ電池を学びましたよね。2つの金属の板を水溶液中に浸すと発電するのと同じような現象が地球規模で起こっているのを見つけて提案したんです。それが2010年のことですね。

西村同時に、そこにいる微生物が地球から生まれた電気を食べて生きているということも提案されたんですよね?

中村はい。チムニーには微生物が生息していて、群集をつくっているんですが、それを拡大すると、繊毛や鞭毛(べんもう)のようなワイヤー状のものを出している。これがまさに電気ネットワークをつくっているんですね。
紐(どう線)でつながっている微生物

西村1つめの微生物が電気を食べて、その微生物を捕食する生物に電気をあげてということが繰り返されているので、光がなくてもやっていけるということですか?

中村一つの説としてはそうですね。ちなみに、僕がこの説を出す前は、「チムニーでは煙(熱水)を食べて生きる生物がいる」と言われていたんですね。

西村煙を食べるってどういうことですか?

中村チムニーから吹き出る煙の中には、いわゆる水素が含まれているんです。水素を食べて生きる微生物のことは、生物の教科書にも載っています。光合成は光を使うけど、化学合成はある種の水素を使って二酸化炭素を食べると。

西村そうか。水素を食べている微生物もいるんですね。

中村そういう意味で、今までは地球上を支える(光合成を行う)一次生産者は2つしかないと思われていた。でもそうじゃなくて、このような環境で電気が流れていれば、電気を食べて生態系を支えるという3つめの生産者がいるのではないかと。

西村なるほど。

中村あとは深海の現場に行って、実際にそういうことが起こっているかどうかを徹底的に調べました。これには7年かかりましたが、沖縄の海底のチムニーで見つけました。写真に写っているのは海底の食物連鎖のトップにいるゴエモンコシオリエビですが、この群集の下のチムニー表面に、目に見えないけど微生物がたくさんいるんですね。ここを測って実際に電気が流れているところを証明しました。
沖縄での船上実験の様子

沖縄海底のチムニー

西村見つけるまでに7年かかったわけじゃないですか。「電池だからいるはずだ」という仮説がすごく美しいから、その微生物がいてよかった!と思いました。

中村まだ完全な証明ではありませんが、チムニーが電池になっていて、確かに電気を食べそうな菌がいるというところまでは、ほぼ間違いないですね。

草刈ちなみに、菌が電気を食べて、その菌をこのゴエモンが食べるんですか?

中村そういうイメージです。もちろん普通の微生物や水素を食べるような微生物もいて、それら微生物が出す二酸化炭素やバイオマス(排出物などの有機物)をこのエビたちが食べる。そういうエコシステムをつくっているんですね。

西村ゴエモンは実際にはどのぐらいの大きさなんですか?

中村これは、こぶし大ぐらいです。

西村結構デカいですね。

中村デカいですよ。例えば、この写真なんて見るとビックリしますよ。チムニーの上の方にある真っ白な塊は、これ全部ゴエモンですね。
チムニー上部のゴエモンコシオリエビ

西村うわー、すごいなこれ。これだけの量を支えられるとは、もの凄い電気の生産力ですね。

中村そう、ゴエモンがここのエコシステムを独占しているんですね。

西村深海における生産性という意味では、電気を食べる微生物はどのぐらいの割合でいるんですか?

中村それがまだ誰もわからなくて。例えば、煙を食べる微生物だったら煙が届く範囲しか生きられないですよね。電気はずっと流れているので、例えば、深海底から更に深くコアの方に入って行くこともできるかもしれない。

西村そうか。もっと深いコアの方でも生きられるわけですね。

中村だから、もしかすると深海の海底下のこういう場所ではかなりの量の生命が電気エネルギーをなんらかの形で使っている可能性もあると。

西村地底帝国ですね。でも、そもそもなぜこれが電池だと思ったんですか?

中村よく聞かれるんですが、本当に思い付きなんですね。ただ僕は理科大、北大、阪大、アメリカと行った中で、阪大の時に電気化学の研究をしたんです。その意味で言うと、多分この海底の研究をしながら電気化学を研究している人は、ほぼいなかったと思います。

西村そうでしょうね。だからみんな思いつかなかったわけですよね。地球は電池だということに。

中村すごく単純なんですけどね。でも調べていくと、もっといろいろと深い発見があって、例えばチムニーでは温度の違いもあるので、温度差発電も起こるんですね。そしてCO2を放出せずどんどん固定しているので、テクノロジーがつまった塊なんです。

西村すごいな。海底は生態系としてめちゃくちゃ豊かだということですね。光が届かない場所だから、一番後回しにされていた。でもそこがスタート地点になった。

中村そう、だから面白い。テクノロジー的にも、生命の進化的にも。

中村地球46億年の歴史を遡った時、チムニーは生命誕生にも恐らく関わっているはずです。チムニーで最初の生命が誕生し、そこから10億年経ったところで光合成生物が誕生し、無尽蔵にある水と太陽エネルギーを使えるようになり、爆発的に生存圏が広がる。これは、数十億年前の出来事ですが、未来の人類社会にも展開できる原理なんですね。

西村ちょっと変なことを聞きますけど、この微生物が電気で生きていけるのなら、別に地球じゃなくてもどこでもいますよね。

中村そうなりますよね。これは最近よくニュースになっているのでご存知かもしれませんが、チムニーのような環境が、地球だけではなく木星などでも見つかっているんです。輪の周りを回っている月をNASAが探査していたら、ガスが噴出していることがわかった。ガスの噴出があるということは、中に温泉があってチムニー的なものがあるだろうと。そうなると、当然ここにも酸化と還元の違いがあるので、生命がいるかもしれない。こういうように、科学の原理は、地球の外でも使え、どんどん時空を跨げるんですよ。

西村太陽系にいるかどうかはさておき、どこかにはいるだろう、みたいなことですよね。

中村ははは、そうですね。

西村その原理によって、いくらでも地球環境と似た可能性のある惑星が出てきた。生命の条件に対するハードルが違いますね。

中村そうだと思います。だから、僕の中では大きな展開が見えた。実際にこれが学問として根付いていくにはかなり時間がかかりますけど、仲間の研究者とともに広げていくつもりです。

生命起源の謎を解くのとサステナビリティを考えるのは同じこと

西村電気を食べる生物は他にもいるんですか?

中村こういう微生物は、まだ1株、2株ぐらいしか見つかっていません。生命科学と情報科学を融合したバイオインフォマティクス(Bioinformatics)的にも、遺伝情報さえわかれば、陸上と海底にいる微生物との共通項から研究を広げていけるんですが、いかんせん培養が難しいです。この培養には電気化学の知識が必要になるので。
人工チムニーを用いた実験

西村確かに。今までの培養と考え方が違いますよね。

中村生物系の研究者に話すと「電気と雷は一緒じゃないの?」みたいな答えも返ってくるほど学問の壁は大きいんですね。そうしたことも、こういった分野の研究が進まない理由です。

西村なるほど。まずはそこをクリアするということですね。

中村僕の中では、ある程度、証明できているんですが、生物学者的にはまだまだなんでしょうね。やっぱり科学は厳密さを求めるので、そういう意味では、まだ証明には至ってない。でも、近い将来、証明されると思いますね。

西村そうか。他にも「こうなんじゃない?」みたいなのが、まだちょっと残っているんですね。

中村あとは、みんな生命の起源の方に興味がいくんじゃないかと。僕もそうですが、ここで止まっていられないと思うわけですよ。

西村確かに。これはどちらにしても面白いですね。起源という、わからなかった部分のピースが埋まるのと、人類社会にとっての新しいテクノロジーになっていくのと。両サイドがすごく面白いから、今は両方やっているんですね。
アイスランドに生命誕生の場を探しに

中村なので、理研では未来社会。地球生命研究所ではオリジンなんですよ。

西村なるほど。めちゃくちゃ忙しくないですか?

中村確かに大変なことも多いですが、こういう深海にどうやって生命が誕生したかということも、結局はどうやってサステナビリティを獲得したのかと同じこと。見ている方向の時間軸が違うだけで、中身は同じなんですよ。そして、一見、関係ない2つのことを考えていると、面白いアイデアが湧いてくるんです。

西村そういう意味では、両方できていることは良いことなんですね。ある意味、40億年前まで戻って考えたら、人類が前向きに進める未来も見えてくるのかと思いました。

中村そうそう。やっぱり過去をしっかり知らないと。生命誕生のテクノロジーを人類が獲得したら、エネルギー・環境問題は根本から解決しますよ。

西村ものすごく前向きに未来が展望できるかもしれないですね。

中村これまで人類は化石燃料ばかり使って二酸化炭素を排出してきましたが、この微生物は二酸化炭素を使うので、この方法が実現化できたら人類は独立できるんですよね。つまり、ヒトが生産者に変わります。

西村ちゃんとバランスを保てますね。

中村深海の生物が独立生物と言われるのは、自分で全部つくれるから。二酸化炭素さえあれば、全部自分で生きるものをつくれるんですよね。

西村あの生態系のスタート地点にいるゴエモンを捕食する生き物はいるんですか?その捕食する生物がいっぱいいたら、それを食べにくる深海魚がいて、地上までつながる食物連鎖になっていたらいいなと思ったんですが。

中村多分捕食者はいないと思います。光の届かない深海は、生物がほとんどいない砂漠みたいです。本当にチムニーがある所だけ、生物がわんさかいる。

西村そこがオアシスなんですね。チムニーはいわば、深海におけるサンゴ礁みたいなものですよね。そこからエネルギーがスタートする。

中村チムニーを壊すとゴエモンはいなくなるんですけど、復活するとまたどこかからともなく湧いてくるといいます。目もないのにどうやって見分けているのかは謎です。ゴエモンの研究をしている人もほとんどいないですから。

西村そうか。やって欲しいけどなあ。

中村今は目的志向の応用研究ばかりになっている傾向がありますから。そういう研究をできる人がいるのは、貴重ですね。

西村そこがわかれば、深海と地上の2つの生態系がつながるじゃないですか。要は違う解ですよね。深海はチムニースタートで、電気を食べる微生物から始まってゴエモンまでっていう。

中村正確に言うと、地表にある有機物が海底に沈むという意味においてはつながっているということもできる。

西村なるほど!それはそうですね。

中村深さによるんですね。今完全に孤立している生態系は地球上にないと思います。必ずつながっているんですよね。

西村そうなると、やりたい研究がたくさん出てきますね。

中村そうなんですよ。でも、時間も限られているし、本当に大切な解くべき謎を決めないと。

西村そういう意味では、研究テーマはある程度、取捨選択されているんですか? これは面白そうだけど、時間も限られているし後にしようとか。

中村そうですね。研究する時間がない時は、オセロの隅を押さえるようなイメージで、大事だと思う研究はジワジワと緩やかに続けています。その研究のオリジナリティをある程度押さえたら、次の問題の方に移るといった感じです。研究を止めるともうそのテーマには戻れないので、途絶えないように続ける。それが大事なんですよね。もう一度最初からとなると、かなり厳しいですからね。

西村なるほど。そういう意味では人工光合成の研究もジワジワ続けるという。

中村そうです。人工光合成が注目されてきたのも最近のことですよね。僕が研究を始めた頃なんて、誰も地球環境について深刻に考えてなかったですからね。

西村そうですね。20年ぐらい前からですかね。

中村その頃は「面白いね」「夢だね」くらいの話題だったのが、もう夢では済まされなくなっていますね。

西村済まされないし、逆に今回の話はすごく可能性を感じます。

中村はい、人工光合成は十分に可能性があると思います。

従来の学問体系と全く違う発想を持つために

西村龍平さんの考え方についても少し伺いたいのですが、一つは、さっきのオセロの隅を押さえるという話を、解説してもらってもいいですか?

中村ちょっとわかりづらいですよね。飛び石的な発想で、ある領域を開拓するということなんですけれども。

西村でも、それだけだとただの飛び石だから、まだ隅じゃないですよね。

中村やっぱり、原理原則だと思いますね。さっきのチムニーも、3つの条件が揃えば発電するという原理原則を抑えれば、実際にそうなるわけで、それが科学の強みですよね。自然界における必要条件を押さえていくということは、研究を展開する上でかなり大事だと思います。

西村なるほど、場当たり的ではないということですね。必要条件が揃えば、常に同じことが、どのスケールどの時代でも起こるんですか?

中村そうですね。時代も空間も跨げます。

西村龍平さんが、そういった研究を好きな理由って何ですか?

中村中学や高校で、慣性の法則を学ぶじゃないですか。押したら戻ってくるとか。あれはビックリしましたよね。「こうやって動きが説明できるんだ」と。そういったレベルから始まっていますね。

西村なるほど。逆に、どうして物理にいかなかったんですか?

中村物理も考えたんですけどね。でも、やっぱり自然を見ていくのは楽しいですから、どうしてもそっちの方にいきますよね。特に生き物や環境はものすごく複雑ですが、生物って見た目も全然違うのに法則がありますからね。そこが美しいと感じるんです。

西村それは比べて言うとしたら、DNAを見つけるみたいなことでしょうか?

中村そうですね。それができればすごいことですね。

西村そういう根本がわかると、世の中に大きく寄与できると思うんですけど、さっき「みんな応用に行ってしまう」って仰っていたじゃないですか。でも僕は、基礎研究が一番役に立つと思うんです。めちゃくちゃ面白いと思うな。

中村ただ、僕が運が良かったのは、チムニーって言った時に橋本先生が「面白いね」と言ってくれたからなんですよ。その時、僕は助教でしたけど、当然先生の大事なポストを扱っているわけですよね。だから、たいていの先生は自分の研究をして欲しいと思う。これが普通なんです。でも橋本先生が「全然関係ない分野だけど、やりなさい」と言ってくれたから。そう言われてすぐにできる人は、そうそういないから、みんないろいろと考えざるを得ない。だから、そういう「自由に考えても大丈夫だよ」っていう環境をつくることが大切ですね。

西村なるほど。そうすると、今後龍平さんの研究所が大きくなっていくとしたら、そういうことも起こりうると。
Credit: N. Escanlar, ELSI

中村もちろんです。東工大の地球生命研究所では修士博士一貫の大学院コースをつくろうとしていますが、これからは、例えば生命の起源のような誰も解けない問題や地球環境というグローバルな問題を解くには、複合的に物事を考えられて、今までの学問体系とは全然違う発想を持たなきゃいけない。教授の専門で分けるというよりは、学問を重ねなきゃいけない時に、そういう人を意図的に育てないと、と思います。そうすると、そもそも教員が変わらなきゃいけないという発想になってくるんですよ。それを今の大学ではやろうとしていますね。来年から始まります!

西村そういう意味では、橋本先生が渡してくれたバトンがちゃんとつながって、それが次の人に渡ると最高ですね。次の「何をやってもいいよ」と言った人が、「それをやってくれたか」というすごい面白い研究。

中村僕も今は、何人かメンバーを抱えているので、できるだけそういうふうにしようとしています。

西村今度は、その生みの苦しみですよね。「何をやってもいいって言われたら、何をしようか」っていう。なんでもいいと言われたあとに、図書館にこもって論文を読んで悩んでいた時期。これを、みんなにもやってもらわないといけないということですね。その時期を諦めずに続けられるような環境や支援ができたらいいですね。

「謎を解いて謎をつくる」を繰り返すと、テーマが見えてくる

西村先日、ある世界的な研究者の方に伺った話ですが、おっしゃっていたのは基礎研究が役に立たなくて応用研究は役に立つみたいなことはあり得ない、基礎研究が一番役に立つと。もちろん、応用研究も役に立つし、両方役に立つんですよね。基礎研究は長い時間がかかる分、大きく世の中を変えてくれるので、トータルで見ればすごく役に立つわけだし、そんな当たり前のことをどうやったらただそのままに伝えられるのだろうって、お話を伺いながら思いました。

中村そうなんですよね。でも、応用研究をやりたい人もいますからね。基礎研究と謳っているのに全部が応用だったり、その逆もあったり。そういう中途半端なことをすると、それぞれの予算も減ってくるし、成果のインパクトも中途半端になります。やはり、それぞれの研究機関の個性をしっかり認識して、それで最大化させることをまず最低限やらなきゃいけないし、簡単な謎ではなく、本当に難しい謎に挑戦しようと言った方がいいですね。

西村解けそうかどうかではなくて、「その道を選ぶのは面白いね」って言ってくれるような教授やチームリーダーがいてくれるといいのかな。

中村指導者や先輩が果たす役割は大きいと思います。

西村「そんなのやってもダメだよ」って言われたら、信じちゃいますよね。学生にとって、教授は影響力がありますから。
教授就任パーティでの写真

西村ちょっと話がそれましたが、龍平さんがやっている生命の起源やチムニー研究の面白味をもう少し伝えたいと思うんですが、研究をしていて何が一番面白いですか?

中村やっぱり謎を解くのが本当に面白いですよね。科学者って、結局謎を解いて謎をつくるのが専門だと思う。突き詰めていくと難しい問題に辿り着くんです。僕の場合は、起源が面白いっていうよりもそのプロセスなんです。思考的なプロセスとか、それによって生まれる人とのつながりが本当に面白い。

テーマはなんでもいいと思うんですけど、謎を解いて、謎をつくるということを繰り返すと、面白いテーマが見えてきますね。僕の場合は、それが生命の起源であったり、持続可能な社会であるということ。全然違うように見えても、そこにも共通点があることを自分で見つけていくわけですから。

西村最初に美しさに気付けた瞬間が楽しいと仰っていましたが、そんな感じですか?

中村自然の神秘の一部でもわかったら、それは至福の時間だし、至高の時間です。

僕の尊敬する先生が言っていたのは、「オリジナリティなんか求めなくていい、それはあくまでも人間のエゴだから」と。「地球や自然の原理さえ追求していけばそれで十分だ」って。

西村もう少しだけ突っ込んで聞きたいんですが、今は本を買おうと思ったらたくさん買えるし、論文を読もうと思ったらいっぱい読める。ある意味ちょっと情報過多だから、その中から選ぼうなんて考え始めると、無限地獄みたいになてしまうと思うんですが、やりたいことを見つけるおすすめの方法ってありますか?

中村自分が知っていることは限られていますから、まずそれを知ること。そのためには自分より経験を積んでいる人と議論して学んでいくことだと思います。

あとは自然をとことん見る。ノイズだらけの世の中ですが、それに惑わされないで、本当にわかっていること、本当にわからないことは何なのか、そのボーダーを見つける能力を高めていくことでしょうか。時間は限られていますからね。

西村そういう意味では、繰り返しになりますが、最初に深海における電流生態系というテーマが面白いと思った理由はなんですか?

中村いろんな理由があるのですが、自分でも人の知らないことを提案できると思えたことでしょうか。電気化学という全然違う分野の知見を使っているので、これは他の人には考えられないだろうなって、すぐに思いました。周りの研究者に聞いても「思い付かない」と言われたし、JAMSTEC(海洋研究開発機構)に行って話しても「あり得ないね」と。

西村いいですね、その反応。

中村そう。「素人がおかしなことを言う」みたいに「あり得ないね」と言われたので、逆にこれはいけるなと思いました。

西村今回のお話には、2つの要点があると思います。1つは、チムニーという、これまでは地質学や地球化学だったところに、全然違う分野を持ち込んでみたということ。そして誰もやってないことがわかったという、その2つ。誰もやってないことが、実はポジティブなことだという理解は、身につけておけるといいなと思いました。

中村そうですね。それは大事ですね。

西村「誰もやってないんだ。ラッキー」という感じですよね。

中村本当に!

この記事は、ミラツクが運営するメンバーシップ「ROOM」によって取材・制作されています。http://room.emerging-future.org/

科学にはとんと疎い私ですが、中村龍平さんのお話を聞きながら、科学者の苦悩と醍醐味を両方味わった気分になりました。師事する教授からの「自由に(研究を)やっていい」という言葉が持つ魔力にもおののきました。自由とは何と恐ろしい言葉なのかと。

しかし、深海底の電気生態系が秘める可能性について語る中村さんには孤独な試練を自分で乗り越えたからこその強さを感じました。ある種「自由」と向き合うことは、自己を成長させる通過儀礼のごとき体験なのかもしれません。中村さんが自ら掴んだ深海底における巨大電池理論から広がる未来、そして東工大で新設される大学院の学びに期待したいと思います。

次回は、沖縄の島嶼地域で人とサンゴ礁の関わりをめぐる自然誌の記録に取り組む琉球大学准教授の高橋そよさんに登場いただき、人と自然のよりよい関係を探ります。どうぞお楽しみに!

草刈朋子 フリー編集者・ライター
北海道出身。東京造形大学在学中よりインディーズ雑誌を発行。映画のコピーライター、雑誌編集、書籍編集を経て独立。2009年よりNPO法人jomonismに参加し、縄文関連イベントや縄文アート展の企画・運営に携わる。2018年にフォトグラファーの廣川慶明とともに縄文探究ユニット・縄と矢じりを結成し、日本全国の縄文遺跡を旅しながら狩猟採集民の世界観を追っている。