システム依存のその先に:その2 | 物流応援団長山田泰壮の元氣が出る話

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物流応援団長山田泰壮が経営者・リーダーにお届けする元氣が出るブログ

親愛なる皆様
おはようございます。

 

カーナビの普及により道を憶えなくなった。
18歳でトラックドライバーデビューした頃は、勿論カーナビなど
ないわけで、先輩、上司が書いてくれた手書きの地図は殆どが相当雑で、

いい加減な地図、それをもとに探し探し納品先に辿り着くといった調子、

中には地図を書くのがすごく上手な人もいて、信号の数、次の曲がり角までの

およその距離、曲がり角の建物や特徴を実に分かり易く見事に描いてくれる先輩、上司。

 

そういう人は概して仕事ができる人だった。地図の描き方、教え方ひとつで、

その人の仕事の質が分かる、地図のセンスは仕事の良し悪しに通ずるなぁと

思っていた若かりし頃を思い出す。相手に分かり易く伝えることのできる人は、

相手の立場になって物事を考えられる人ですし、物事を客観的に捉えることのできる人だ。

逆に地図を書くこと、道を教えることの苦手な人は、仕事も粗く、自分本位な人が多い。

例外の人もたまに居たが、概して間違いない。

 

忘れることのできない、嘘のような本当の面白い話だが、当時の
とある先輩ドライバーの地図の書き方、道の教え方は・・・
「この道をまっすぐ行くと、オジサンが犬の散歩をしている」
とか、「角に洗濯物が干してある家を左に曲がる」と^^;
笑い話しではない。でも、笑えますよね^^

 

だから、地図を書かいてもらうと、その人の人となりが大体わかる。

その後、管理職になり、採用面接の時にも、自宅から会社までの地図を書いてもらうことを

取り入れて、地図のセンスを採否の基準にしていたこともあった。

自分も地図を上手く描けるよう、道を分かり易く教えれるよう心掛け、道もよく憶えた、

ある意味、教えることを念頭に置きながらいつも走っていた。

 

しかし、今は、初めて行く所はほぼ必ずカーナビをセットする、

2回目、3回目行く時も念のためセットする・・・ 道を憶えなくなった。

出だしがえらく長くなってしまった。

そう、先日書いた、<システム依存のその先に>の続きを今朝は
書こうと思って書き出したら、昔を懐かしく思い出してしまい、
長くなった。

 

でも、ついでにもう一つ。
携帯電話の普及により電話番号を憶えなくなった。


子供の頃は、大概の家は玄関にダイヤル式の黒電話が置いてあった。

その横に、五十音順の電話帳が置いてあり、プラスチックのような硬い紙製で、

そこへ手書きで名前と電話番号を書き溜めていく。

 

公衆電話は、ダイアル式の赤電話、ピンク電話、その後、電話ボックスに

プッシュホン式の緑電話・・・公園の電話ボックスに十円玉を積み上げ彼女の家に

よく電話をしたものだ(懐) 自宅は勿論、友達の家、親戚の家の電話番号も

相当記憶していた。今でも憶えている友達の家の電話番号が何件かある。

でも、今は、自分の会社の電話番号すらもままならない(汗)

さて、話を本題に戻そう。と、余談?を書いていたら、
今朝ももうこんな時間になってしまった(汗)


次回で、必ず完結させます。システム依存のその先に・・・
つづく。

 

今日も一日良い日に致します。 
物流応援され団長・山田 押忍!